新作オリジナルミュージカル『COLOR』に出演、柚希礼音が演じる「母」の愛
染色家・坪倉優介さんが自身の体験を綴ったノンフィクションの原作本『記憶喪失になったぼくが見た世界』をベースに、2022年9月に上演される新作オリジナルミュージカル『COLOR』。
宝塚歌劇団を卒業以来、次々と話題作に出演してミュージカル界の第一線を走り続け、本作品に出演する柚希礼音さんにインタビューした。
舞台に登場するのは、「ぼく」と「母」と「大切な人たち」の3名のみ。共演者も実力と人気を兼ね備えたミュージカル界のスターたちが集まった。浦井健治、成河(そんは)、濱田めぐみ、柚希礼音(五十音順・敬称略)が組み合わせを変えてWキャストで出演する。
ある日、事故で記憶の全てがなくなった「ぼく」。葛藤しながら大きな愛を注ぎ、息子の復帰を願う「母」。過去の記憶も言葉も感覚も失った人が見た新しい世界を客席と共有する、90分間の新作オリジナルミュージカル。
音楽は、植村花菜が初のミュージカル作品を担当する。ミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』など次々と話題作を手掛ける演出の小山ゆうなをはじめ、最高のクリエイターたちが集結した。
取材時は、立ち稽古開始前に行う最後のリーディングワークショップの頃。現在はお稽古を重ね、さらに柚希さんの「母」役は深みを増しているだろう。
出演者とクリエイターが一緒になって作る作品
準備は、どのように進んでいますか。
植村花菜さんの楽曲が本当に素晴らしくて、この曲で作品の世界が描かれていて成立する、という一曲が作られていました。どのように楽曲の数々を、このミュージカルに、よりよい形で合わせていくかの話し合いの作業を続けています。
演じ手として感じることがあったら本音を言ってもらい作品を高めていきたい、全員でより面白い作品を目指したい、といった言葉をプロデューサーから頂いています。
(ぼく/大切な人たちを演じる)浦井健治さん、成河さん、同じ「母」の役を演じる濱田めぐみさんと常に4人で一緒に参加して、クリエイターやスタッフの方々といろいろな話し合いをしています。
私自身も「母」の役でまだ分からないことがある段階なので、より「母」らしい歌い方を目指すために歌のキーを調整もしますし、優しく歌った方が良いのではないか、と考えることもありました。裏声を試してみたり、地声に戻ったり、まさに稽古中という感じで進めています。
約90分という上演時間の中で、芝居と歌で物語が綴られますか。
歌があって芝居、芝居があって歌、という感じで作品が進み、曲に入ってから心情を歌い出します。歌の量は、とても多いですね。
演じてみて、ここが歌だと芝居が止まる、と思ったら、それを伝えます。もう少しストーリーを展開した方がいいのでは、という話し合いになって、歌を芝居に変えたりする調整もしています。
例えば、素晴らしい曲があっても、場面的に自分の感情がまだ追いついていないな、と感じるときがあります。その場合は、「まだ今はその感情に達していないので、かなり頑張らないとこの曲を歌えるまでの気持ちにもっていけない」と、伝えます。
通常であれば、与えられたものを役者がなんとか頑張って作るような箇所を、そうではなくて気持ちが上手く運んで成立する台本を、演じる方も作る方も一緒になって考えています。
日本人による新作オリジナルミュージカル
今回は、新作オリジナルミュージカルですね。
宝塚の在団中はオリジナル作品を演じる経験がありましたが、すべて日本人のクリエイターの方々で作るミュージカル作品は、通常はあまり見たことがありません。音楽や演出などいずれかに海外の方が関わっている、あるいは海外プロダクションを日本で上演する、といった作品がほとんどです。
この国で実際に起きて本になったノンフィクションの原作をミュージカル化するというのは、日本が本気で制作しているミュージカル作品だな、という印象です。90分という限られた上演時間内に、なるべく原作に描かれているエッセンスを取り入れたいのですが、ただ単純に「こういう事がありました、へえ、そうなんだ」で終わってはいけないと思っています。
舞台上の出演者は、3人です。私が出演する組み合わせでは、浦井健治さんが「ぼく」、私が「母」、成河さんが本を出版した編集担当者というお客様との橋渡しとなるような語り部の役割をします。さらに、大学時代の友達などいろんな役を演じて、「ぼく」に関わる「大切な人たち」として舞台に登場します。
いつか一緒に作品をしてみたかった、共演者やクリエイターたち
初共演の印象はいかがですか?
舞台を拝見していて、いつか共演したいという方々ばかりでしたので、稽古場からご一緒できるのを楽しみにしていました。
いざご一緒させていただくと、やはり素晴らしい方々で、絶対に舞台を良くするぞ、という思いがまず共通していました。沢山の舞台経験をお持ちなので、客席からどう見えるか、このまま進めるとどんな作品に仕上がるか、おそらくここでお客様は感動されるだろう、といった全てを分かっていらっしゃるところが凄いです。だからこそ、このエピソードを膨らました方が良いのでは、この曲はまだ早いのでは、など、作品をより良くする上でのいろいろなお話し合いができました。
めぐさん(濱田めぐみ)も私も、美化した母親像は避けたい、というのは一致していました。「母」として「一生懸命、息子の世話をしています」といった感じに受け取られてしまいたくないと思っていて、音楽があまりにも美しいので、言っている言葉も「あなたの為を思っているのよ」という感じで綺麗に終わると、その曲は素晴らしいのだけれども、流れで見るとそこまで言わずにお客様に感じて頂いた方が良いのではないか、など、クリエイターやスタッフの方々も一緒になって話し合いをしました。
音楽は、「トイレの神様」の歌を作った植村花菜さんですね。
「トイレの神様」は、何度聴いても本当にいい曲です。あの曲を聴いて、トイレ掃除を始めた人もきっといますよね、私もですけれど(笑)。
飾らない感じがとても素敵だな、と以前より思っていましたが、今回の曲も、すとん、ってメッセージが心に入ってきます。ナチュラルで、本当に素敵。とてもいいですね。
なので、そういう風に歌いたくて練習するのですが、植村さんの声は可愛らしいので、そこに「母」の像をどのようにプラスして歌っていくかを課題にしています。
演出は、『ブライトン・ビーチ回顧録』や浦井さんも出演された『愛するとき 死するとき』などの作品を手掛けられた、小山ゆうなさん。以前に、演出された舞台をご覧になったそうですが、どんな風に感じましたか。
一つの場面で、4つくらいのエピソードをパッパッパッパッといった感じで的確に見せるのが、とても印象的でした。本来ならば、そのストーリーを4つ伝えるには時間がかかるはずなのに、たくさんの物語を客席に印象に残るように渡してくるのが凄い演出だな、と感じました。今回の舞台にも、そのような伝え方が登場します。
例えば、「ぼく」が大学に行って、いろんな人と関わり、それによって多くのエピソードが生まれます。「ぼく」が周りから言われたことや傷ついたこと、逆に「ぼく」が傷つけたこともあるだろうし。そのような本来なら沢山あるエピソードを短い時間で見せていくんです。
他にもさまざまな演出方法があって、いったい、この方の頭の中はどうなっているんだろう、って思ってしまうくらいです。きっと、頭に浮かんでくるのだろうな、と思います。
実際に立ち稽古をするようになったら、さらにご本人からの言葉が直接聞けるのでは、と楽しみにしています。
宝塚歌劇団の作品を手掛けたこともある、川崎悦子さんが振付で参加されていますね。
在団中からいつかご一緒したいと思っていて、退団後に、出演者は私だけの1人ミュージカル『LEMONADE(レモネード)』の振付をして頂いたのが川崎先生でした。お久しぶりなので、とても嬉しいです。
歌と芝居に、踊りも加わるオリジナルミュージカル作品ですね。
豪華だなあ、と思います。いまは「母」が踊るイメージがないのですが(笑)、悦子先生は芝居がある上で振りをつけてくださるので、どういう振付になるのだろう、と楽しみです。
お客様とのコミュニケーションは、どんな風になりそうですか?
「母」としても、息子と共にきっと成長するのだろう、と思うので、その様子をみてお客様にも何か感じていただけたら嬉しいな、と思います。
作品全体を通して「母」の頑張っている姿が見えてくると思うので、また明日から自分も頑張ろう、と思ってもらえるといいですね。
「母」の役を演じる
以前にコンサートで家族について作詞されていますが、「母」役を演じるにあたり、ご自身の家族を思い出されましたか?
家族の支えは、見返りのない、凄い愛です。もし、このような事が起きたら、きっと自分の家族もすべてをかけるのだろうな、と思います。そのあたりは自分と母親、家族との関係に置き換えていろいろと思い出しながら、そこの感情も使うことができれば、と思っています。
柚希さんが「母」で、息子が同じ状況になったら、原作と同じ対応をされますか。
主人公の「ぼく」は、あの「母」でなかったら、ここまで復帰できていなかったかもしれないと、実際に原作者の坪倉さんご本人やご家族と会って話を聞いた脚本・歌詞の高橋知伽江(ちかえ)さんもプロデューサーも思ったそうです。
記憶を失った息子を、また大学に通わせる時期が、驚くほど早いんです。まだ、字も読めない時に「ぼく」は電車に一人で乗り、「母」がお金を持たせるけれど切符以外に使ってしまって、帰れなくなることがしょっちゅうあります。
早い段階で独り立ちさせて、居場所を見つけるように大学に行かせたことは本当に凄いな、と思います。あの「母」だったから、「ぼく」は復帰できたのでしょうね。自分だったら、もう少し過保護にしてしまうかもしれません。
母親役は、いかがですか?
これまで演じてきた作品でも、『ボディガード』『マタ・ハリ』では息子を生んでいる設定で、『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』でも娘がいる役でしたが、いわゆる母親像ではありませんでした。自分に母親役を演じられるのだろうか、と実は今も思っています。でも、周りには同期や友人など、すでに母親になっている人が多くいます。
きっと、すぐに母親になれるわけではなく、息子や娘からも共に自分も育ててもらいながら、だんだん母親になっていくのだろうな、と思います。中身は変わらないかもしれないけれど、母親の役だから、立派にやらなければいけないということだとは思っていません。
息子に愛を注いで、何かできることがあれば、と思いながら常に生きている。そこから、一緒に成長できればと思っています。
役者として、この作品との出会いをどのように思われていますか。
退団後に『ビリー・エリオット』に出演した時も、自分にとっては衝撃的でした。私って、ついつい正面からお客様に対して芝居をする事が多かったのですが、この舞台では一切そういうものを無くして、シンプルに相手だけを見て演じる芝居を学びました。
そして、前回は『ボディ・ガード』の作品を演じて、再び正面を向くような芝居をしました。これまでの舞台経験を経て、1対1で向き合うような芝居をさせていただけるのはとても良いことで、作品に深みを出せるとよいな、と思っています。
原作では、日常の生活の尊さときらめきに改めて気づかされます。柚希さんが日常できらめくような喜びを感じる瞬間はありますか。
自然に触れたときは、魂が喜ぶように感じます。自然に身を置くことが、時々でもあると、頑張ろうと思えて、なんだか自分が癒される気がします。
記憶を無くしたら?
明日を今日よりも良くしたい、と常に限界まで頑張ってきた柚希さんが、もし記憶をなくしたら?
記憶をなくしたら、記憶が無いだけではなくて、もう自分の土台がなくなると思うんですね。
ここがもう少しこうなるだろう、ということさえ分からなかったら、頑張りようがありません。頑張ったらどうなりたいか、という比較できるものが無いからです。
もう、どうしたらいいのか、主人公の「ぼく」も分からなかったのだろうな、と思います。
ひとつだけ記憶を残せるとしたら、何を選びますか。
え〜〜〜! (沈黙してから)記憶は、やはりなくなるんですよね……
家族、宝塚の想い出、いまの大切な人…選べないですよね。
記憶、無くしたくない!(笑)
それが、答えですね。作品を楽しみにしています。
出演者のキャスト全員と製作陣で、作り上げる『COLOR』の世界。これまで観たことのない新しいオリジナルミュージカルを、ぜひご自身の眼で。
オリジナルミュージカル『COLOR』
期間:2022年9月5日(月)〜9月25日(日)
会場:新国立劇場 小劇場
料金:S席 11,000円 (全席指定・税込)
出演 (五十音順・Wキャスト)
浦井健治・成河(ぼく/大切な人たち)、濱田めぐみ・柚希礼音(母)
*公演日により組み合わせ、出演者が異なります
*東京公演ほか、ツアー公演あり
詳細、最新情報は公式まで。
公式HP https://horipro-stage.jp/stage/color2022/
公式Twitter:https://twitter.com/NewMusicalCOLOR #ミュージカルカラー
原作:坪倉優介『記憶喪失になったぼくが見た世界』(朝日新聞出版)
音楽・歌詞:植村花菜
歌詞・脚本:高橋知伽江
演出:小山ゆうな
編曲・音楽監督:木原健太郎
振付:川崎悦子
美術:乘峯雅寛
照明:勝柴次朗
音響:山本浩一
映像:上田大樹
衣裳:半田悦子
ヘアメイク:林みゆき
ボーカルスーパーバイザー:ちあきしん
演出助手:守屋由貴/野田麻衣
舞台監督:加藤高
主催・企画制作:ホリプロ
ヘア&メイク/藤原羊二(UM)
スタイリスト/間山雄紀(M0)
撮影/玉村敬太
text by 鈴木陽子(Yoko Suzuki)
CS放送舞台専門局、YSL BEAUTY、カルチャー系雑誌ラグジュアリーメディアのマネージングエディターを経て、エンタテインメント・ザファースト代表・STARRing MAGAZINE編集長。25ヶ国70都市以上を取材、アーティスト100人以上にインタビュー。