「踊りは、私が経験した人生のすべて」 サンフランシスコ・バレエ団 プリンシパル 倉永美沙
現在、サンフランシスコ・バレエ団で、最高位のプリンシパルとして踊る倉永美沙さん。類まれなるテクニックや舞台上の表現力が、常に高い賞賛を受けている世界的なスターバレリーナだ。踊りには人生すべてが表れると語る倉永さんの想い、パートナーを組んでいるアンジェロ・グレコさんとのエピソードも伺った。
サンフランシスコ・バレエで踊るということ
現在は、サンフランシスコ・バレエのシーズンオフですね(*6月取材時)。
2022シーズンが無事に終わりました。先シーズンは、最初から最後まで中止することなく通すことができたのが、とても嬉しいことでした。
私がサンフランシスコ・バレエのプリンシパルに就任したときは2019年でした。サンフランシスコ・バレエは、組織的に大きなバレエカンバニーです。当時、ボストン・バレエから移籍して、舞台も広くなり、自分もそれに合った大きく活躍する技量を持ちたいと気を張っていたのですが、シーズン半ばにしてロックダウンに入ってしまいました。その後、2年間何も出来ず、大変な時期を過ごしました。劇場再開後の『くるみ割り人形』では、客席の皆様が生の舞台を心から待ち望んでいらっしゃったのを感じ、熱いものが伝わりました。
当時、サンフランシスコ・バレエにプリンシパルとして迎えられたお気持ちは、いかがでしたか。
プリンシパルという立場でも、それまでやってきたことをやるのみでした。私自身は何も変わらないのですが、舞台の出演回数が多くなり、こなす役もかなり増えました。
サンフランシスコ・バレエは、テンポが速いカンパニーで、プログラムの数も非常に多いので、舞台に立つ準備のリハーサル時間があまり無い、というのは有名なエピソードです。他のダンサーたちと同様に、何とか私も慣れてシーズンを無事に終えることができました。
サンフランシスコ・バレエは、芸術に興味をお持ちの観客の方々が多いと思います。シーズン演目が発表されると、例えば人気の全幕物の『白鳥の湖』『眠りの森の美女』『くるみ割り人形』『ドン・キホーテ』といった作品は、キャストが発表される前から売り切れることもあります。バレエをお好きな方がとても多くいらっしゃると感じています。
舞台は人生そのもの。エンターティナーとしての使命
舞台で踊るということを、倉永さんはどのように考えていらっしゃいますか。
舞台は、本当に自分のすべてが出ると思います。毎日の生活から、精神状態や何を考えているか、目標といったものまで客席から感じとれると思うのです。
その為、常にポジティブに、自分の人生をどうしたらその方向に持っていけるだろうか、ということをよく考えます。その考え続けた結果が、お客様に伝わると思っています。だからこそ、自分の人生をしっかりと引き締めて過ごし、毎日のレッスンに励んでいます。
踊りというのは、本当に何も隠せないと感じています。特にクラシックバレエは、すべてがとてもピュアな世界で、自分が透き通って見えるのではないかと思うほどです。
あの人は何を考えているのだろう、というのは目に見えなくても、良い影響を与えられると思います。もし私が「ポジティブになりたい」と考えていたら、お客様にも「舞台を見たらポジティブになれた」と思っていただける気がします。
私にとってそれは、ダンサーの使命と感じています。来てくださったお客様に何かを感じ取ってもらえて満足してもらえるのはとても幸せなことです。悲しい作品だったら、ご自身の悲しい思い出を浄化されるような感じに受け取っていただけたら、と思って踊ります。『ドン・キホーテ』のような作品だったら、楽しく爽快な気分で劇場を後にしてもらえたら、嬉しく思います。
私も多くの方々の舞台を見て、泣くこともあるし、笑って楽しくなることもあります。ときには、もの凄く考えさせられることもあります。そのように、何か感じとってもらえて、心が動いてくれたらいいな、と思います。伝えて感じ取ってもらえたら、とても幸せなのです。
人間が心動かされる瞬間は、舞台のこちら側にとってもモチベーションになり、励みになります。そして、観ていただいた方々が自分も頑張っていこう、と感じていただく原動力になれればと、日々思っています。
大親友のパートナー、アンジェロ・グレコ
最初に出会ったのは、イタリアでした。「ロベルト・ボッレ&フレンズ」のツアーでした。ロベルトに呼ばれて、引き合わせられた感じです。最初に組んだ舞台で、私はリフトで落とされました(笑)。それも、本番で! そのとき、アンジェロは何度も謝ってくれたのですが、私は彼に「これから一緒に踊る機会がたくさんあると思うから、もう謝らないで」と自然と口をついて出ました。その瞬間にお互い何かを感じとったというか、なぜか彼には怒る気が起きず、天によって不思議な力で結びつけられたようです。当時の私はボストン・バレエに在籍していましたし、二人で踊れる方法はわからないけど、きっとどうにかなる、というのは自分でも確信していた気がします。
そして、本当にその後、叶うことになりました。2019年にサンフランシスコ・バレエに私が呼ばれて、その年のオープニング・ガラの作品を彼と踊り、それから一緒に組むようになりました。
年数を経て、現在では、アンジェロさんとの関係性は変わりましたか?
私もですが、アンジェロは頑固で、よく喧嘩をします(笑)。喧嘩できるような気心の知れたパートナーは、彼が初めてでした。ぶつかってもずっと大親友で、プライベートでも仲が良くて、一緒に映画を見たり、旅行をしたり…いつも弟みたいに、二人でお箸のようにいっしょにいる感覚です(笑)
カンパニー内でもそれは有名で、彼とはとても通じるものがあります。結婚はムリだね、っていつも二人で言っていますけど(笑)。
幸せを感じるとき
どのようなときに、人生の幸せを感じますか?
人と人のつながりを感じたときです。ロックダウン中、一人で家の中でレッスンをしていたのですが、先生や仲間のダンサーたちとのつながりを私は欲しているんだ、と改めて気づかされました。普段の生活でも人との絆を大事にし、そこから得られるインスピレーションを舞台に表すことができれば、と思っています。
生の舞台を観て、感動して、何か刺激を得ていただけたら私は幸せです。その為には、バレエをもっと身近に感じていただいて、もっとたくさんの方々に劇場に足を運んでいただけたら、と思っています。劇場に来てくださった方々に、舞台からインスピレーションを得てもらえたら、こんな嬉しいことはありません。
オンラインダンスクラスで教えるマスターに
現役のトップダンサーや振付家が教えるオンラインダンスクラス「ダンスマスタークラス」で、「マスター」として参加していらっしゃいますね。
これまでバレエを教わるのには、その土地に行って、実際に先生に教えを受ける方法でした。しかし、現在はオンラインレッスンが普及して、先生と生徒の距離が近づいたように思います。例えば、私がフランス・パリのモニク・ルディエール先生の教えを受けたい、もし先生が教えるオンラインのプラットフォームをお持ちだったら、それが叶います。
「ダンスマスタークラス」では、私はポアント(トウシューズ)の「ピルエット」と「フェッテ」を教えています。他のクラスでは、例えば、男性のダニール・シムキンは(トウシューズではない)デミポアントのピルエット、ポリーナ・セミオノワは『白鳥の湖』のコーチング、ヤーナ・サレンコはトウシューズの選び方など、それぞれ自分の得意とするものを教えています。他にも、フレキシビリティ(柔軟性)、コンテンポラリーダンスのインプロビゼーション(即興)のレッスンなど、多くのプログラムが収録されています。
レッスンは映像配信です。例えば、皆さまが私のレッスンを受けてくださるとなったら、動画をクリックしてレッスンを見ることができます。
「ダンスマスタークラス」のチームはとてもよくリサーチされていて、マスターたちに依頼をするときに、どのようなダンサーで何を得意としているか、どういったバックグラウンドで仕事をしているのか、というのを先に調べてくださっています。私は、ピルエットやフェッテが得意なので、いくつか打診された候補の内から、やはりその内容でお願いしたい、とのことでリクエストを受けました。昨年、シリーズでレッスン動画を撮影し、今年に入ってリリースされています。
人生の経験がすべて舞台に
最新のトピックは何かありますか?
大きなトピックとしては、サンフランシスコ・バレエの芸術監督が変わります(*6月取材時)。37年間務めたヘルギ・トマソン監督が引退し、イングリッシュ・ナショナル・バレエ芸術監督で以前ロイヤル・バレエのプリンシパルを務められたタマラ・ロホ監督がいらっしゃいます。バレエ団も変わり目ですね。今後、変化が訪れると思います。
改めて、倉永さんにとって「踊り」とは?
踊りは、私が経験した人生のすべてが舞台に出ています。だから、舞台を観にいらしていただいた皆さまには、きっと私の人生の一部をキャッチしていただいていることと同じだと思うのです。私の踊りには人生のすべてが詰まっていると思います。
<Information>
SAN FRANCISCO BALLET
https://www.sfballet.org/artist/misa-kuranaga/
Instagram
Misa Kuranaga 倉永美沙 (@misakuranaga)
「NHKバレエの饗宴」に出演 *予定変更
NHKバレエの饗宴 公式サイト-プログラム-
出演演目(予定)『ジゼル』第2幕からパ・ド・ドゥ
出演:
倉永美沙(サンフランシスコ・バレエ団プリンシパル)
ジョセフ・ウォルシュ(サンフランシスコ・バレエ団プリンシパル)
日程:2022年8月13日(土)14:00
会場:NHKホール
最新情報、詳しくは公式サイトまで
https://www.nhk-p.co.jp/ballet/index.html
地主薫エコール・ド・バレエ出身の倉永美沙さんが、第2部『ジゼル』に主演 *予定変更
地主薫バレエ団公演2022
「未来に繋がるダブル・ビル」
日程:2022年8月16日(火)16:30
会場:フェスティバルホール
最新情報、詳しくは公式サイトまで
https://www.jinushi-ballet.com
text by 鈴木陽子(Yoko Suzuki)
CS放送舞台専門局、YSL BEAUTY、カルチャー系雑誌ラグジュアリーメディアのマネージングエディターを経て、エンタテインメント・ザファースト代表・STARRing MAGAZINE編集長。25ヶ国70都市以上を取材、アーティスト100人以上にインタビュー。