上野水香×町田樹×高岸直樹 3人の稀有なアーティストにインタビュー! Pas de Trois Encore 2025 《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲2》(前編)
昨年4月〈上野の森バレエホリデイ〉の特別企画として上演され、観客を熱狂させた人気公演《パ・ド・トロワ》が帰ってくる! 熱いリクエストをうけてのアンコール公演は、新曲3作を加えた《Pas de Trois Encore 2025》として、さらにパワーアップしたプログラム。バレエとフィギュアスケートのコラボレーション、踊りに純粋な情熱を捧げて挑戦し続ける、それぞれに稀有なアーティストの上野水香さん、町田樹さん、高岸直樹さんにインタビューした。
全体を貫くテーマは、「敬愛と献呈」——。作曲家、そして演奏家への敬愛とそれに捧げる舞踊。舞踊家どうしの敬愛と、交互に振り付けて献呈する作品の数々。そして 何よりもバレエとフィギュアスケートという舞踊に捧げてきた長い時間と、それによって熟達した技能と表現、それを客席に届ける夢の時間がここにある。
監修・構成:Atelier t.e.r.m
振付:高岸直樹、町田樹
演出・実演:高岸直樹、上野水香、町田樹
映像:加藤清之
音楽:フレデリク・ショパン、クロード・ドビュッシー、フランツ・シューベルト、ロベルト・シューマン(フランツ・リスト編曲)、エドヴァルド・グリーグより
ファミリー感のある共演、純粋に情熱を傾ける舞台
昨年の公演で、3人が初共演した感想はいかがですか?
高岸直樹(以下、高岸)
ファミリー感を感じました。おおらかに穏やかに出来たことが、とても気持ちのよい舞台でした。
上野水香(以下、上野)
まさにおっしゃった通りで、和気あいあいと常に温かい雰囲気で楽しくできました。3人の個性が溶け合い、それがお客様にも伝わったのかなと感じています。
この公演は、私と町田樹さんによる2020年〈上野の森バレエホリデイ〉の対談からスタートして、昨年舞台が実現しました。3人それぞれお互いをよく知る関係ですが、想像をしていた以上に纏まりがあって、良い方向にそれぞれの力が結集された空気感だと思います。踊りに対して情熱、リスペクトを純粋に傾け、そこに真っ直ぐに進んでいく思いにシンパシーを感じます。
町田樹(以下、町田)
フィギュアスケーターは個人で全てを背負って舞台に立ちますが、昨年の公演はとても新鮮でした。本番の舞台に向けてコンディションを整えていく準備も、フィギュアとは全く違います。昨年は、自分にとって初めてスケートリンクではないフロア(床)の舞台デビューだったので、本当にお二人に支えて頂きました。
高岸先生には、選手引退後の2015年より教えて頂いている師匠と弟子の関係です。舞台上では同じ出演者として、昨年は作品的にもエネルギーをお互いに交わしてぶつけ合うような感動がありました。
ファミリー的に言えば(笑)、高岸先生はお父さん。全体をリードして、迷った時には的確に指針を示してくださいます。上野さんは、指導が本当にお上手でお姉さんみたいな存在。アドバイスを頂けたおかげで質の高いものを目指すことができ、今回もしっかり本番までに自分自身を磨いていきたいと思います。
第Ⅱ部「フレデリク」に、新たな3作品
第I部「生きる歓び」では、流れ、はじけ、開放される春に相応しい舞踊を。第II部「フレデリク」では、ショパンの精神を繊細、 かつ大胆に現出させる時間。そして第III部「献呈」では、受け渡し受け継ぐ心のありかと、舞踊へ捧げる決意と愛が溢れる。
第Ⅱ部「フレデリク」に大作の作品が加わり、新しい構成と伺いました。
町田
上演する作品の構成やコンセプトを考えている制作陣の指揮のもと、第Ⅱ部の「フレデリク」というショパンのパートを、昨年より膨らませてパワーアップしました。ショパンの人生はドラマティックで、悲劇もあれば愛もあります。彼は、その心情や出来事を、音楽にのせるように作曲をしていると思います。しかし、そうして音楽に反映されたショパンの生き様や心情というのは、現代を生きる私たちにも相通じる普遍性を帯びています。例えば、ショパンは若かりし頃に戦争によって祖国ポーランドからパリに亡命しましたが、その後二度と祖国には帰れなかったそうです。現在の世界でも戦争が起こって自由を奪われた人や祖国を失った人はたくさんいます。また、ショパンとジョルジュ・サンドの愛と別れはあまりに有名な話ですが、私たちも人を愛し、時に失恋します。こうしてショパンの音楽に込められている抽象化されたテーマは、今でも色褪せることがありません。
私たちがそれらのテーマを抽出して表現するということは、おのずからショパンを表現することになります。けれども、フレデリク・ショパンというその人を演じるのでもなく、ショパンの人生を辿ったりするわけでもありません。あくまでもショパンの音楽に見出せる普遍的なテーマを私たちは踊りで表現しています。ここに「愛」や「死」をテーマにした大作を加え、第Ⅱ部を大幅に拡張しました。
新制作の約8〜10分近くにも及ぶ大作を中心として、一つ一つの作品に連続性はないけれど、全体を通して物語性や構造のようなものが醸し出されるのではと感じています。その緩やかな物語が立ち上がるのが、パ・ド・ドゥの《ノクターン17番》です。
高岸直樹さんと上野水香さんが踊る、新作パ・ド・ドゥ《ノクターン17番》はどのような作品でしょうか?
《ノクターン17番》 (新曲)
音楽:フレデリク・ショパン/振付:高岸直樹
高岸直樹・上野水香
町田
「胡蝶の夢」が、モチーフの作品です。水香さんが愛や希望を象徴する蝶々として、舞い降ります。でもその存在が、現実か仮想か、夢か幻なのかは分からないんです。
上野
制作陣の構想を元に高岸先生が振付をされ、最終的には物語が出来上がった印象です。音楽が全体的に美しく纏まりのある曲なので、その中で膨らみがあったり、美しさがより濃くなったり、そういった匂い立つような色合いを出して仕上げていくと、より素敵な作品になるのではと想像しています。
高岸
私の夢の中に出てくる、初恋の女性のようでもあり、ずっと思いを持ち続けているような存在でもあります。
上野
舞い降りた蝶という私の役も、蝶なのか、女性なのか、女神なのか、妖精なのか…大人なのか少女なのかも分からない、そんな風に作っていけると面白いと思っています。本番に向けて、物語性や精神性、色付けや味わいの表現を深めていこうと考えています。夢の中の出来事なのか、過去を思い出している追憶なのか、観る方が解釈を選んで自由に色々捉え方ができると思います。
高岸
水香さん自身が幻想的でロマンティックな雰囲気を持ち合わせているので、踊りにも活かしていきたいと思っています。つま先がすーっと立つようなポワントワークだけでも夢に誘(いざな)える技量を持っていて、本人が心も身体も真っ直ぐなので、私が思い描く世界にすぐに近づいてくれます。あとは、私の画(え)をもっと豊かにしていく、それが大切なのかと思っています。
町田
水香さんの存在が現実か幻想なのか、というのは高岸先生の表現に拠る所でもあり、演劇性も極めて高い作品です。高岸先生の踊りや演劇力が冴え渡っていて、このお二人の力量によって、夢と現実を隔てる両方の境目が曖昧になってくる、そんな素晴らしい作品と感じています。高岸先生は謙遜されると思うので、僕から言いました(笑)。
《プレリュード 13番/14番》《バラード1番》の連作
《プレリュード13番/14番》 (新曲)
音楽:フレデリク・ショパン/振付:高岸直樹
高岸直樹
《バラード 1番》 (新曲)
音楽:フレデリク・ショパン/振付:町田樹
町田樹
新作《バラード1番》は、町田さんによる長大な自作自演のソロ作品ですね。
町田
フィギュアスケーターの頃から、この曲はバレエで踊りたいと思っていました。高岸先生にこの10年間、情熱的にマンツーマンでバレエを教わり、今なら自分が思い描いていた《バラード1番》を作って自作自演できるのではと考えました。
《バラード1番》は、「死」をテーマにした作品です。だから、生命エネルギーの全部を表に出して、自分の中にエネルギーが何も残っていない状況にまで追い込んで、作品のテーマに報いたいと思っています。約10分の内容はかなりハードで、動きもアスレティックに作っています。本当に凄く追い込んでいるので、11年前に競技を引退した2014年のソチオリンピックと同じくらいに、今回アスリートに戻ったような感覚さえします。風船を膨らませてだんだん萎むようなエネルギーの放出の仕方ではなく、莫大なエネルギーを一気に爆発させるように出し尽くす作品で、それに耐えられる身体と心を作っています。
第Ⅱ部の構造の中でも明確に順番になっているのは、高岸先生が踊る《プレリュード 13番/14番》から続く、自身が踊る《バラード1番》です。ここだけは、あえて繋げて連作のようになっています。
上野
《バラード1番》を踊る夢が、ついに実現するんですね。今年はテーマが、よりはっきりしている気がします。お話ししながら、「愛と死」がテーマだと感じました。
高岸
「愛と死と生」。あえて「生」も意識しています。
上野
確かにそうですね。「生」があるから「死」があり、「死」があるから「生」がある。人は「生」を知っているけれど「死」は分からない。でもその時が必ず訪れる。
高岸
《プレリュード 13番/14番》の創作の案は、生命が繋がっているようになればと振付の前から頭では描いていました。そして、町田君が次の《バラード1番》をどういう風に作るのだろう、と思って見ていました。対称にもなり、融合にもなるようにと思って創作しています。
<Information>
〈上野の森バレエホリデイ 2025〉特別企画
Pas de Trois Encore 2025
上野水香×町田樹×高岸直樹 《バレエとフィギュアに捧げる舞踊組曲 2》
公演日:2025年4月26日 16:00~17:10、4月27日 マチネ 11:00~12:10 /ソワレ 17:20~18:30
会場:東京文化会館 (上野) 小ホール
公式サイト
https://balletholiday.com/2025/2025pas-de-trois.html
取材エピソードの編集後記は、こちら
公演ビジュアルの裏話!
ビジュアル撮影:Yuji Namba
衣装協力:Sportmax(上野水香)、ISAIA(町田樹・高岸直樹)
ヘアメイク:猪狩友介(Three PEACE)
photo by 山崎あゆみ(Ayumi Yamazaki)http://ayumiyamazaki.com/
東京を拠点に建築、旅、人物と幅広いジャンルを撮影。
text by 鈴木陽子(Yoko Suzuki)
CS放送舞台専門局、YSL BEAUTY、カルチャー系雑誌ラグジュアリーメディアのマネージングエディターを経て、エンタテインメント・ザファースト代表・STARRing MAGAZINE 編集長。25ヶ国70都市以上を取材、アーティスト100人以上にインタビュー。
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